四季旅遊の館

那須・那須茶臼岳周辺の紅葉
那須湯本の紅葉 殺生石史跡^ 
最後まで見て頂き有難う御座います。
 
上野から東北新幹線で那須塩原で降りて、駅前から東野交通のバスで那須茶臼岳のロープウェイ駅那須山麓駅で降りてロープウェイで那須山頂駅まで行きましたが、登った所は風が強く気温は0℃~3℃で寒かったので・・・少し上まで登りたかったのですが、風が強い為に、ロープウェイがストップする可能性がありますので近い所だけ撮影して引き揚げました。那須山麓駅から撮影しながら歩いて標高約1,200mの弁天つり橋~つつじ吊橋~殺生石~那須湯元まで撮影しながら歩きました。茶臼岳の紅葉は終わっていましたが弁天つり橋~つつじ吊橋~殺生石とちょうど見ごろで、素晴らしい紅葉でした。茶臼岳は標高1,915m那須茶臼岳 紅葉 は、もうとっくに終わっていました。見ごろになるのは10月中旬頃です。行くのは那須ロープウェイ を参考されると情報が見れます。



 
 
ツツジつり橋と紅葉
 
殺生石栃木県指定文化財 九尾の狐伝説にまつわる、那須を代表する史跡^ 
殺生石(せっしょうせき)昭和28年1月12日史跡に指定昔、中国やインドで美しい女性に化けて悪行を重ねていた白面金毛九尾(はくめんきんもうきゅうび)の狐が今から800年程前日本に渡来しました。九尾の狐は、「玉藻の前(たまものまえ)」と名乗って朝廷に仕え、日本国を亡ぼそうとしていました。しかし、陰陽師(おんみょうじ)阿部泰成(あべのやすなり=安倍泰成)に正体を見破られると、九尾の狐は那須野が原まで逃げてきました。ここでも九尾の狐は悪さを繰り返していたので、朝廷は三浦介(みうらのすけ)、上総介(かずさのすけ)の両名に命じ遂に九尾の狐を退治しました。すると、九尾の狐の姿は毒石になり毒気を放ち始め、、近づく人や獣を殺し続けました。これを伝え聞いた泉渓寺(せんけいじ)の源翁和尚(げんのうおしょう)が毒石に向かって大乗経(だいじょうきょう)をあげ続けると、一筋の白煙とともに玉藻の前の姿が現れ、石は三つに割れて飛び散り、一つがここに残りました。それ以来、人々はその石を殺生石と呼ぶようになり、今に伝えられています。(説明書から)
  
 
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