寅さんは損ばかりしながら生きている。 江戸っ子とはそういうものだと 別に後悔もしていない 人一倍他人には親切で家族思いで 金儲けなぞは爪の垢ほども考えたことがない そんな無欲で気持ちのいい男なのに なぜかみんなに馬鹿にされる もう二度と故郷になんか帰るものかと 哀しみをこらえて柴又の駅を旅立つことを いったい何十辺くり返したことだろう でも 故郷は恋しい 変わることのない愛情で自分を守ってくれる 妹のさくらが可哀想でならない ──ごめんよさくら いつかはきっと偉い 兄貴になるからな── 車寅次郎はそう心に信じつつ 故郷柴又の町をふり返るのである
一九九九年八月 山田洋次